.....司馬遼太郎氏は原作『坂の 上の雲』の映像化を終世断っていた.....”やはり書物にとどめておきたい”

『坂の上の雲』放送を考える全国ネットワーク記者会見から

「坂 の上の雲」についてNHKに共同申し入れ
来る11月29日からNHKはスペシャルドラマ『坂の上の雲』の放送を始めます。これについて、私たちはドラマとはいえ、司馬遼太郎の原作『坂の上の雲』 に含まれる誤った歴史認識が多数の視聴者に向けて放送されることを危惧し、原作のドラマ化をめぐって、歴史学研究者、メディア研究者、市民団体などで 「『坂の上の雲』放送を考える全国ネットワーク」を結成して議論を重ねてきました。
 その結果を文書にまとめ、11月26日(木)午前11時30分に全国ネットワークの代表者4名がNHKに出向いて、福地会長・理事宛に提出しました。そ の後、午後1時30分より、NHKに出向いた全国ネットワークの代表者が下記のとおり記者会見を行いました。た。

 日 時: 2009年11月26日 (木) 13時30分より
 場 所: 渋谷区勤労福祉会館 
「『坂の上の雲』放送を考える全国ネットワーク」
  松田 浩(メディア研究者・元立命館大学教授)
  湯山哲守(NHK問題京都連絡会運営委員・元京都大学教員)
  醍醐 聰(NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ共同代表・東大教授)
  西原一宇(坂の上の雲ミュージアムを考える会、えひめ教科書裁判を支える       会)  ほか4名

マ スコミ関係:讀賣、高文館、時事、NHK、産経、 共同、しんぶん赤旗、毎日、朝日(計9名)
《配布資料》
@ NHK 福地会長・理事宛て「NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』放送についての共同申し入れ」
:(「坂の上の雲」放送を考える全国ネットワーク)
A
同上共同申し入れ賛同者名 簿
B
NHK 福地会長・日向放送総局長・西村NHKエグゼクティブ・ディ レクター宛
「『坂の上の雲』の放送開始にあたっての質問  〜 なぜ今、軍国日本を讃美するドラマなのか〜」

:(NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ)
C
NHK福地会長宛て「スペシャルドラマ『坂の上の雲』についての要望書」
:(NHK問題を考える会 兵庫)
● 初めに、『坂の上の雲』を考える全国ネットワークの代表4名から、今回の申し入れに至った経緯とその趣旨、問題点について説明しました。
・ 午前の申し入れに対するNHKの対応(担当部長他)は、「上に伝える」というのみで一切答えがなく不十分であった。視聴者に対する説明責任はどうするの か。
・ 放送を止めろというのではない。原作には事実と違う記述があるので、その点を誤解しないよう措置することを要望する。
・ 京都でのシンポジウムほかの活動報告。事実に反する記述について115項目の質問をしたが中味のない回答が繰り返された。ドラマ化にあたり脚本家の名前 (野沢尚氏)がつい最近までNHKのホームページ示されてこなかったのは問題。
ロケ地も韓国、米国ははずしており後ろめたさがあるのではないか。
・ 徳島では行政が率先して事実でない内容の番組を賞賛する動きであり、市長が教育内容を押し付ける指示を出している。教育長が各家庭に視聴するよう呼びかけ ている。
・ 視聴者コミュニティの質問状は、原作の多くに歴史認識の誤り、歪んだ解釈があるにも拘らず、NHKにはその認識がない。説明責任があるハズだ。
1126
《記者からのの質門》
・ 原作には誤った認識があることは分かる。一方、これは小説であるから多少事実に即さなくても、それをあえてあげつらうことは野暮ではないか?たとえば乃木 希典の扱いなど。
・ 歴史観は個人により違う。あくまで小説だから、作家のスタイルで書くか書かないかは小説家の意図ではないか?
・ 資料にある、「申し入れ書」と「質問書」との違いは?団体が違うということか?
・ 批判は、放送されてからではどうなのか?

《全 国ネットワーク説明主旨》
 作家がフィクションを禁じた小説だと言い切ったものをドラマ化することには特別な重要性がある。視聴者に与える影響やその利用のされ 方により問題が大きく なる。
 朝鮮を舞台に戦争をしながらそれを隠して防衛戦争と偽ることは乃木希典の描き方に疑義があると考えることとはレベルが違うと思う。
 現実に起こったことは1つであり、その事実をどう解釈するかというときに歴史観という言葉がでてくる。
 私たちは歴史観の前提となる、事実はどうなのかという歴史認識を問題にしている。
 NHKは一般の新聞、雑誌などと違い、民主主義への貢献をうたった放送法に従う必要がある。その法律の目的を自覚した対応が必要であ る。そこは映画会社な どとは違う。
ドラマの何処をどうせよ!と言っているのではない。作者がノンフィクションといっている小説をドラマ化するには歴史認識を示すべきだ。
著作権法により、原作の骨格を変えることはできない。このままでは「祖国防衛戦争」をNHKが喧伝することになり、その影響ははかりしれない。
  私達は問題点を伝え、配慮してもらいたい、説明してもらいたいのであり、止めろというようなことは いっていない。
 放送前も、放送後も批判は続けたい。質問があればメールをいただければ幸いです。
                        以上

@ NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」放送についての共同申し入れ 文書

NHK会長 福地茂雄 様                                 2009年11月26日
NHK理事 各位

NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」放送についての共同申し入れ
  「坂の上の雲」放送を考える全国ネットワーク

呼びかけ人(50音順)
井口和起(京都府立大学名誉教授)
石山久男(歴史研究者・前・歴史教育者協議会委員長)
岩井 忠熊(歴史研究者・立命館大学名誉教授)
桂 敬一(元東京大学教授・日本ジャーナリスト会議会員)
崔善愛(ピアニスト)
隅井 孝雄(メディア研究者・京都ノートルダム女子大学客員教授)
醍醐 聰(NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ共同代表・東大教授)
中島 晃(弁護士)
中塚 明(奈良女子大学名誉教授)
松田 浩(メディア研究者・元立命館大学教授)
湯山哲守(NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ共同代表・元京都大学教員)

賛同団体
えひめ教科書裁判を支える会
坂の上の雲ミュージアムを考える会
NHK問題大阪連絡会
NHK問題京都連絡会
NHK問題を考える会(兵庫)
NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ

賛同者:別紙名簿のとおり
A

皆様方が日頃より豊かで民主主義の発展に寄与する放送番組の制作にご尽力いただいておりますことに、深い敬意を表します。

さて、NHKは来る11月29日から3年間にわたって、スペシャルドラマ『坂の上の雲』の放送を予定しておられますが、ドラマ化の企画意図を次のように説 明しておられます。
「『坂の上の雲』は、国民ひとりひとりが少年のような希望をもって国の近代化に取り組み、そして存亡をかけて日露戦争を戦った『少年の国・明治』の物語で す。そこには、今の日本と同じように新たな価値観の創造に苦悩・奮闘した明治という時代の精神が生き生きと描かれています。
この作品に込められたメッセージは、日本がこれから向かうべき道を考える上で大きなヒントを与えてくれるに違いありません。」
私たちはこうした意図のもとに『坂の上の雲』がドラマ化され、多数の視聴者に向けて放送されることに強い危惧を覚え、以下のとおり、申し入れをいたしま す。

.ドラマ化にあたっ て、原作『坂の上の雲』がもつ歴史小説としての重大な歴史認識の誤りをどのように扱うのかについて十分な検討はされているのでしょうか?
 小説とはいえ、作者司馬遼太郎氏は「本来からいえば、事実というのは、作家にとってその真実に到着するための刺激剤であるにすぎないのだが、『坂の上の 雲』に限ってはそうではなく、事実関係に誤りがあってはどうにもなら」ない(文春文庫、新装版『坂の上の雲』第8巻)と述べています。そして新聞連載に吟 味を加えた上で「全集」に収録されたその後にも「重大な誤り」について「月報」に訂正文を掲載しています。つまり、『坂の上の雲』は単に日清・日露戦争と そこに登場した人物を題材にしたというだけでなく、全編を通して歴史の事実にそって編まれた小説です。しかも、NHKは原作の著作権継承者の許諾を得て原 作をドラマ化するわけですから、映像表現上の脚色はありえても著作権法上の定めに照らし、原作の骨格をなす歴史認識を改変することはできないという制約を 受けています。
 ところが、その原作を貫く歴史観には次のような重大な誤りが含まれています。たとえば、司馬氏は「日露戦争はロシアからは侵略戦争、日本からは祖国防衛 戦争であった」と記していますが、ここには根本的な歴史的事実の誤認があります。当時、ロシアが日本を侵略しようとしていたことを示す歴史的事実はありま せん。ロシアに侵略される現実的な脅威もないのにロシアと戦うことが「祖国防衛戦争」とどうして言えるのでしょうか。朝鮮半島がロシアなどの大国の勢力下 におかれると日本の主権が脅威にさらされるというのは、明治の為政者たちが軍備拡大のために意図的に唱えた対外政略論に過ぎません。さらに、開戦前のロシ アには、朝鮮半島制圧の企図もありませんでした。これらの事実は、戦後の歴史研究で多くは明らかにされていましたが、とりわけ最近の根本資料に基づいた研 究でいっそう詳しく実証されています。かえって、日清戦争と日本の朝鮮王宮占領、「東学党の乱」の武力制圧、朝鮮王妃の殺害などを経て、日露戦争での朝鮮 占領、そして「韓国併合」、さらに「満州」占領へと政策展開していったという近代日本の歩みこそが歴史の事実であることが明らかにされています。つまり、 原作者・司馬氏の「極東情勢」認識や朝鮮半島制圧についての認識には、明らかに誤りがあります。
 NHKは「ドラマ化」にあたって、これらの明らかに事実に反する記述については十分な検討を加え、必要とあれば著作権に一定の配慮を払った上で「訂正ま たは補足」の措置を講じる必要があります。また「原作」にあくまで忠実に放送するというのなら、視聴者に「事実との違い」を何らかの形できちんと伝える責 任があります。それが困難であれば、『坂の上の雲』が放送される期間に別途、日清・日露戦争の経緯を検証する番組の放送を企画するよう要望します。           
.司馬氏は生前、数々 の映画、テレビドラマへの「映像化」要請を拒み続けたといわれます。1986年NHK教育テレビでもその趣旨の発言を自らしています。そのことの持つ意味 は重いものがあると私たちは考えます。氏が映像化を拒み続けた理由は、この原作そのものに加え、映像にした場合の「戦争」場面の多さが、過去の戦争の反省 の上に実を結んだ憲法第九条の精神や人々の非戦の誓いに逆行すると考えたからではないでしょうか。氏は1945年以降の「戦後」を高く評価し、「私は戦後 日本が好きである。ひょっとすると、これを守らねばならぬというなら死んでもいいと思っているほどに好きである」(『歴史の中の日本』)と述べています。 NHKは、こうした司馬氏の思いを深く尊重すべきではないでしょうか。
 憲法9条を「改正」して「普通の国」にしようとする動きが強まっている今日の状況のもとで、司馬氏が「迂闊に映像に翻訳すると、ミリタリズムを鼓吹して いるように誤解されたりするおそれがあります」と懸念したことの意味が、今あらためて大きく現実感を帯びてきているように思われてなりません
 私たちはドラマ化にあたって、番組制作者の表現の自由、編集の自由を尊重し、それに配慮する必要性は十分認識しています。しかし、来年「韓国併合」 100周年を迎えるこの時期に、またNHKが過日放送した「JAPAN デビュー」で取り上げた戦前日本の台湾統治の認識をめぐって内外で論議が起こっている最中に「なぜ今『坂の上の雲』なのか」、「原作に含まれる歴史認識の 重大な歪み、誤りをドラマ化にあたってどのように扱うのか」について、莫大な番組制作費を負担する視聴者が求める説明を「表現の自由」、「編集の自由」で 遮ることはできないと考えます。
私たちは放送開始後も引き続き貴局のドラマ制作姿勢を注意深く検証し、事実に即して批判と提言を行っていくことを最後に申し添えます。
                               以 上

A 賛 同者名簿(50音順) 

最新賛同者名簿はこちら(PDF)



  2009年12月15日現在
壱岐一郎(元沖縄大学教授)
生田暉雄(高松市・弁護士)
池田 龍夫(ジャーナリスト)
井ヶ田良治(同志社大学名誉教授)
池本幸三(龍谷大学名誉教授)
石川康宏(神戸女学院大学教授)
伊藤洋子(元・東海大学教授)
今井和代(京都市)
上野輝将 (日本現代史研究者・神戸女学院大学元教授)
内野光子(歌人)
梅田正己(高文研・編集者)
大道万里子(一葉社・編集者)
岡島実(弁護士)
奥村悦夫(坂の上の雲ミュージアムを考える会・えひめ教科書裁判を支える会)
勝村 誠(立命館大学教員・「韓国併合」100年市民ネットワーク)
河相一成(東北大学名誉教授)
川合一良(核戦争廃止・核兵器廃絶を訴える京都医師の会世話人)
川合葉子(原爆展掘り起こしの会代表)
川越義夫(小倉山をみつめる会)
北島千代子(NHK問題を考える会(兵庫))
木原康男(エントツ山九条の会事務局長)
桐畑末蔵(中国人戦争被害者の要求を支える会)
藏田共子(京都市会議員)
藏田 力(建築家・立命館大学講師)
倉本頼一(京都橘大学教員・京都市平和遺族会)
越中大作(京都市)
小牧 薫(大阪歴史教育者協議会委員長)
坂田 進(坂の上の雲ミュージアムを考える会・えひめ教科書裁判を支える会)
桜井洋子(京都市)
下村すみよ(歌人、元高校教師)
辛昌錫(叶鈬ト・代表取締役社長)
須藤春夫(法政大学教授)
高井弘之(坂の上の雲ミュージアムを考える会・えひめ教科書裁判を支える会)
田場 洋和(練馬文化の会)
塚本 三夫(中央大学教授)
辻 健司(中学校教員)
手塚 晃(京都退職教職員の会)
手塚良子(京都退職教職員の会)
遠山親雄(歴史を学ぶ旅の会)
戸崎賢二(元愛知東邦大学教授)
利元克巳(日本ジャーナリスト会議広島支部)
友成光吉(元ラジオ大阪プロデューサー)
内藤ます子(元高校教師)
長尾粛正(元民放労連大阪放送労組委員長)
中島清延(坂の上の雲ミュージアムを考える会・えひめ教科書裁判を支える会)
永田治良(兵庫アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会 兵庫AALA)
中野明彦(工学博士・「NHK問題を考える会(兵庫)」会員)
中野啓子(坂の上の雲ミュージアムを考える会・えひめ教科書裁判を支える会)
中野正明(坂の上の雲ミュージアムを考える会・えひめ教科書裁判を支える会)
西川 幸(NHK問題を考える会(兵庫)事務局長)
西野悠紀子(女性史研究者)
西原一宇(坂の上の雲ミュージアムを考える会・えひめ教科書裁判を支える会)
貫名初子(NHK問題を考える会(兵庫)代表)
羽柴 修(弁護士)
長谷川長昭(NHK問題京都連絡会事務局長)
羽田純一(京都歴史教育者協議会会長)
馬場佳子(非核の政府を求める京都の会常任世話人)
林 學(フランス文学)
日隅一雄(弁護士)
日野きく(歌人、元中学教師)
福谷忠行(日朝協会京都府連合会代表理事)
藤原富代(坂の上の雲ミュージアムを考える会・えひめ教科書裁判を支える会)
藤原ひろ子(京都市)
別府有光(坂の上の雲ミュージアムを考える会・えひめ教科書裁判を支える会)
牧俊太郎(司馬遼太郎『坂の上の雲』なぜ映像化を拒んだか)著者)
升谷嘉男(京都高速道路を考える会)
松井 奈穂(中野の教育を考える草の根の会会員)
真鍋かおる(高文研・編集者)
丸山 重威(関東学院大学教授)
宮川正則(NHK問題を考える会(兵庫))
三宅義昭(浄土真宗本願寺派法林寺住職)
森 吉治(京都府教職員労働組合連合)
森田彦一(練馬9条の会)
安川寿之輔(名古屋大学名誉教授)
山口洋子(コピーライター)
山崎 晶春(元出版編集者)
山中哲夫(坂の上の雲ミュージアムを考える会・えひめ教科書裁判を支える会)
湯浅俊彦(かもがわ出版常勤顧問)
弓山正路(坂の上の雲ミュージアムを考える会・えひめ教科書裁判を支える会)
和田悌二(一葉社・編集者)
渡辺武達(同志社大学教授)
渡辺輝人(自由法曹団弁護士)

B NHKを監視・激励する視聴者コ ミュニ ティ質問状

                     2009年11月26日
NHK会長 福地茂雄様
NHK理事・放送総局長 日向英実様
NHKエグゼクティブ・ディレクター 西村与志木様

『坂の上の雲』の放送開始にあたっての質問
〜 なぜ今、軍国日本を讃美するドラマなのか 〜
NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ
              共同代表 湯山哲守・醍醐 聰

 皆様におかれましては日頃よりNHKの放送番組の充実にご尽力いただき、厚く御礼申し上げます。さて、NHKは来る11月29日から3年間にわたって、 スペシャルドラマ『坂の上の雲』の放送を予定し、目下、大々的なキャンペーンを行っています。その際、NHKは、ドラマ化の企画意図を次のように説明して います。
「『坂の上の雲』は、国民ひとりひとりが少年のような希望をもって国の近代化に取り組み、そして存亡をかけて日露戦争を戦った『少年の国・明治』の物語で す。そこには、今の日本と同じように新たな価値観の創造に苦悩・奮闘した明治という時代の精神が生き生きと描かれています。この作品に込められたメッセー ジは、日本がこれから向かうべき道を考える上で大きなヒントを与えてくれるに違いありません。」 
そうでしょうか? 私たちは『坂の上の雲』をこのように読み取ってドラマ化することに強い危惧を感じ、以下のような質問を提出します。これについて、一括 でではなく、項目ごとにそれぞれの趣旨にかみ合うようなご回答を12月9 日までに別記宛に文書でくださるよう、お願いいたします。

. 原作者の遺志をどう受け取るのか?
  『坂の上の雲』の原作者・司馬遼太郎氏は生前、多くの映画会社やテレビ局から原作の映画化、ドラマ化の申し出を受けた際、原作を映像化することによっ てミリタリズムが鼓舞されることを恐れ、申し出をすべて断ったことは皆様もご承知のとおりです。そうであれば、貴局がなおも原作をドラマ化され放送される に至った理由を明快に説明される必要があります。
これについて、ドラマの制作を担当された西村与志木氏は、「東西冷戦の対立は過去のものになったことから司馬さんの危惧は解消できると思」ったと述べてい ます(西村与志木「映像界の志を引き継ぐ、アンカーとしての誇りと責任」、『NHKスペシャルドラマ・ガイド 坂の上の雲 第一部』日本放送出版協会刊、 2009年、169ページ)。本当に解消できるのでしょうか?

【質問1−1】 東西冷戦の対立は過去のものになったと認識することで、原作を映像化することによってミリタリズムが鼓舞されることを恐れた司馬氏の危惧 がなぜ解消さるのか、その理由〔因果関係〕はまったく不明です。わかりやすくご説明ください。
【質問1−2】 司馬氏の遺志を顧みるのであれば、晩年、氏の朝鮮観に揺らぎがあったことに注目する必要があります。彼は亡くなる7年前、ソウルの青瓦台 で盧泰愚大統領と対談した折に、「私なども、李氏朝鮮が日本の悪しき侵略に遭う(1910年)まで朝鮮といえば朱子学の一枚岩で、そこには開化思想や実学 (産業を重んじ、物事を合理的に考える学派)などはなかったと思っていた。いまは、だれもそうは思っていない。」(『文藝春秋』1989年8月号、93 ページ)と語っています。これは、日清戦争を日本による侵略戦争ではなく祖国防衛戦争であると捉え、朝鮮を「どうにもならない」国で、「韓国自身の意思と 能力でみずからの運命をきりひらく能力は皆無といってよかった」(第2分冊、50ページ)などと記した原作の見方とは食い違っています。
 司馬氏の遺志を尊重するのであれば、晩年の司馬氏のこうした朝鮮観の揺らぎを考慮する必要があると考えますが、いかがですか?

. なぜ今、『坂の上の雲』なのか?
【質問2−1】 アジアの近隣諸国との友好・平和関係の確立が大きな課題になっている今日の時代状況とのかかわりでいいますと、原作が日清・日露戦争を日 本による侵略戦争ではなく、祖国防衛戦争とみなしている点を黙過することはできません。原作はまた、日本国内の内乱制圧の「同士討ちで同胞が大金をかけて 殺しあうくらいなら、海をこえて朝鮮を討った方がよい」という小村寿太郎の言葉を肯定しています(文春文庫、新装版、第2分冊、34ページ)。さらに、原 作は1894(明治27)年に日本が朝鮮への出兵を閣議決定したことを「単に出兵であり、戦争を起こすということではない」(同56ページ)と記し、清と の勢力均衡を維持し、国家の名誉を保全するためであるとした閣議決定をそっくり肯定しています。こうした記述を含む『坂の上の雲』を、2010年に韓国併 合百年を迎える今、NHKが総力を挙げて長編ドラマ化することが、アジアの中の「日本がこれから向かうべき道を考える上で」どのようなヒントになるのか、 ご説明ください。
【質問2−2】また、アジアの近隣諸国との友好・平和関係の確立が大きな課題になっている今日の時代状況とのかかわりでいうなら、「戦争という、このきわ めて思想的な課題を、わざわざ純軍事的にみるとして、日露戦争というのは日本にとってやるべからざる戦争であった。あまりにも冒険的要素がつよく、勝ち目 がきわめてすくない、という意味においてである」(第8分冊所収、あとがき2、314ページ)と記し、「古今東西のどの戦争の例をみても、日露戦争の日本 ほどうまくやった国はないし、むしろ比較を絶してすぐれていたのではないかと思われる」(第8分冊所収、あとがき2、320ページ)と言ってはばからない 原作を今、NHKが総力を挙げて長編ドラマ化することが、アジアの中の「日本がこれから向かうべき道を考える上で」どのようなヒントになるのか、ご説明く ださい。
〔質問2−3〕 以上指摘したように、『坂の上の雲』は日清・日露戦争を、その後に日本が起こした満州事変・第2次世界大戦と続く戦争とは区別して、侵略 戦争ではなく「愛国的栄光の表現」(第2分冊、53ページ)、「祖国防衛戦争」(第8分冊所収、あとがき5、344ページ)とみなしています。NHKは原 作をドラマ化するにあたって、原作のこうした歴史認識をどのように評価し、扱われるのか、ご説明ください。

. 『坂の上の雲』は現代の日本人にどのような勇気と示唆を与えるのか?
 NHKは『坂の上の雲』を、主人公たちが「少年のような希望をもって国の近代化に取り組み、そして存亡をかけて日露戦争を戦った『少年の国・明治』の物 語」と評価した上で、「現代の日本人に勇気と示唆を与えるものにしたい」とドラマ化の意図を記しています。はたして、『坂の上の雲』をそのように読みとる ことはできるのでしょうか? 私たちは原作からどのような生きる勇気を得ることができるというのでしょうか?
〔質問3−1〕 『坂の上の雲』は日清・日露戦争を題材にした歴史小説ですが、その内容は交戦当事国、特に両戦争を指揮した日本の陸海軍及び政府の戦争戦 略・作戦の巧拙を実況中継さながらに描いた小説です。そこには日本軍の戦闘を指揮した職業軍人の人物評や日本の命運を左右した作戦の巧拙に関する記述は あっても、日本軍によって追い詰められ、殺傷された朝鮮、中国の市民がなめた苦難、不幸の描写は全くと言ってよいほどありません。
 NHKは『坂の上の雲』をドラマ化するにあたって、こうした原作の際だったナショナリズム、排外主義的傾向をどのように評価し扱われるのか、ご説明くだ さい。
〔質問3−2〕 他方、原作における日本軍の側の記述はどうでしょうか? そこでは、前線に配備される兵士を将棋の対局にたとえて「持ち駒」(第4分冊、 310ページ)とみなし、国内に待機させられた予備隊を前線に送ることを「戦場は新鮮な血を欲していた」(第4分冊、312ページ)からだと記されていま す。
 もっとも、たとえば、原作のなかで旅順総攻撃を描いた箇所では、「作戦当初からの死傷すでに2万数千人という驚異的な数字にのぼっている」(第4分冊、 308ページ)という記述はあります。しかし、原作はこれを「戦争」ではなく「災害」とみなしています。旅順総攻撃を指揮した乃木希典少将と伊地知幸助中 佐の無能力に帰すべき災害だというのです。
 NHKは『坂の上の雲』をドラマ化するにあたって、「国運」を掲げた侵略戦争の非人道的な実態に目を向けず、戦争の災禍の責任を特定の指揮官なり個々の 作戦の巧拙に解消した原作をどのように評価し、扱われるのか、ご説明ください。
〔質問3−3〕 上記の〔質問3−1〕、〔質問3−2〕で紹介したような原作の好戦的記述をみてもなお、NHKは『坂の上の雲』の主人公たちが「少年のよ うな希望をもって国の近代化に取り組」んだ軌跡を描いた小説と評価されるのかどうか、お聞かせください。
また、主人公のひとり秋山真之が「軍艦の分類でいえば砲艦に近く、とうてい大海戦の主役たりえない」「筑紫などという小さなふねにのっているようなことで は、主決戦場にはのぞめないであろう」(第2分冊、66〜67ページ)と思い、大艦に乗って主決戦場にのぞむことを念願した彼の志が現代の日本人にどのよ うな「勇気と示唆」を与えると皆様はお考えか、お聞かせください。また、ドラマではこうした秋山真之の志をどのように扱われるのか、ご説明ください。
私たちは陸・海軍で侵略戦争を陣頭指揮した『坂の上の雲』の主人公たちの生きざまを「少年のような希望をもって国の近代化に取り組ん」だ行動と評するのは 侵略戦争の残虐な現実を覆い隠し、侵略戦争の先兵の役割を担った彼らの行動を美化する危険極まりない評価だと考えています。むしろ、私たちは『坂の上の 雲』の主人公たちの志、生きざまは不条理な国家の意思に従うことがいかに自他を不幸に陥れるかを悟らせる警鐘の意味を持つと考えています。
                                                       以 上

C NHK 問題を考える会(兵 庫)

NHK 会長 福地茂雄様
                                    
スペシャルドラマ 「坂の上の雲」についての要望書 

  私たちは、本日11月末から放送されるスペシャルドラマ「坂の上の雲」について、近代史の研究者やメデイア関係など各分野の専門家を招いて330人の 参加でシンポジウムを行いました。
 その学習・討論を踏まえてNHKへ以下の要望をいたします。
 NHKは司馬遼太郎の小説をドラマ化し、今年から3年間にわたり年末に放映予定とのことです。事前の宣伝や制作費からみても並々ならぬ力の入れようが感じ られます。
 この小説は、多くのファンをもつベストセラー小説ではあります。しかし、司馬氏は生前、映像化を一貫して拒否しています。「この作品は映画とかテレビと か、視覚的なものに翻訳されたくない作品です。うかつに翻訳すると、ミリタリズムを鼓吹しているように誤解されたりする恐れがありますからね」と語った遺 言的言葉が残っています。
 私たちは、このようないわくつきの作品を憲法9条改悪の動きがあるこの時期に放送することは、司馬氏が心配したように「軍国主義を鼓吹したものになるの ではないか」という懸念を払拭できません。NHKは遺族や財団の了承を取り付け、あえて映像化する意図と経過について納得のいく説明をしてください。
 この小説は、朝鮮を植民地とするためにロシアと闘った戦争を「祖国防衛戦争」と位置づける当時の歴史観のもとに書かれています。
 日清・日露戦争の戦場となった朝鮮では何があったか、この時期の重大な3つの問題として、日清戦争開始時の朝鮮王宮占拠事件、日本軍の侵略に反対する東 学農民の蜂起への大殺戮、朝鮮王妃殺害事件があります。
 国内においても、明治という時代は「富国強兵」の国策のもと、民衆の犠牲の上にどんどん国を強めていったのであり、国民生活は「貧国強兵」の状況でし た。司馬氏の小説はそのことにあえて触れていません。
 もし、映像化がこの原作に忠実にされるなら、視聴者にはこのドラマの内容から当時の国策が正しかったと受け取られかねません。映画とは違い、NHKのテ レビ網で全国津々浦々、全所帯の茶の間に放送される影響ははかり知れません。
 また、受信料の使い方にも要望をします。
 1作1億円とも言われる制作費は、大河ドラマの6千万円と比べても破格の額であり、受信料がこのように使われることに同意できません。NHKは素晴らし いドキュメンタリーをたくさん作っていますが、今後ともこのような教養と見識が高まるような番組に予算をかけてください。 
  以上の事から「坂の上の雲」に関しての要望をします。
放映が始まっていない現在ではNHKがどのようにシナリオを描き、映像化されるのか、わかりませんが、私たちの懸念が実際のものとならないよう、軍国主義 賛美や他国への侵略を正当化するなどの描き方にならないことを強く要望するものです。                      以 上      2009年11月8日
                              
          NHK問題を考える会(兵庫)
「なぜ、いま『坂の上の雲なのか』を考える」シンポジウム参加者一同

..

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